大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)9394号 判決

原告

鈴木六郎

外一名

代理人

小川景士

被告

トウア化工株式会社

外一名

代理人

山本卓也

主文

一、被告らは連帯して原告らそれぞれに対し、各三七五万円およびこれに対する昭和四二年一一月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による支払をせよ。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告ら)

一、被告らは連帯して原告らに対し、各六三九万二三一〇円およびこれに対する昭和四二年一一月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告ら)

原告らの請求を棄却する。

との判決

第二  当事者の主張

(原告ら)

一、事故、訴外鈴木貞雄は、左記交通事故により、昭和四二年一一月一四日死亡した。

(一) 事故発生日 昭和四二年一一月一〇日午後六時四五分頃

(二) 発生場所 神奈川県相模原市橋本二丁目二三番地先国道一六号線上交差点

(三) 加害車および運転者 普通貨物自動車(三河一れ三三六四号、以下被告車という)

訴外杉浦徳明

(四) 被害車および運転者 足踏式自転車

訴外鈴木貞雄

(五) 態様 被告車と被害車が前記交差点で衝突

二、責任原因

被告らは、訴外杉浦をして被告車を自らのために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により原告らの損害を賠償すべき責任がある。

三、損害

本件事故により、訴外貞雄および原告らの蒙つた損害は次のとおりである。

(一) 訴外貞雄の逸失利益 二四二七万四〇〇四円

(年令) 満二六才(事故当時)

(学歴) 高校卒

(勤務先) 大和製缶株式会社

(勤続年数) 八年

(収入) 別表記載のとおり。なお昇給は右会社の基準賃金表による。

(停年) 五五才

(退職金) 退職時の賃金月額の三五倍(別表参照)

(平均余命) 43.68年

(生活費) 収入の三分の一

右事実をもとに訴外貞雄の逸失利益を算定すると、別表のとおり、二四二七万四〇〇四円となる。なお、将来にわたつて少なくとも年五パーセントのベースアップがなされると見て差支えなく。そうすると、年五分の割合による中間利息は、このベースアップ分と相殺して余りがあるので、控除しない。

(二) 葬儀費用 三八万七二二〇円

原告らは、香典返し等を除いて、右訴外人の葬儀埋葬に右金員を支出し、各一九万三六一〇円の損害を蒙つた。

(三) 慰藉料 三〇〇万円

右訴外人の父母である原告らの精神的苦痛は著しく、一時に老け込んでしまつた程であり、これを慰藉すべき額は各一五〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用 一〇〇万円

原告らは、本件訴訟の追行を原告代理人に委任し、一〇万円の着手金を支払つたほか、九〇万円の報酬を支払うべき債務を負担し、各五〇万円の損害を蒙つた。

(五) 損害の填補 三〇〇万円

原告らは、本件事故により蒙つた損害の填補として自賠責保険金を各一五〇万円受領した。

四、原告らは、右訴外人の父母であり、同訴外人の逸失利益の賠償請求権を法定の相続分にしたがい各二分の一相続した。

五、よつて、原告らは、被告ら各自に対し、右各一二八三万〇六一二円の損害賠償請求権を有するところ、訴外貞雄の死亡により得た同人の退職金一九万円(各九万五〇〇〇円受領)を控除した各一二七三万五六一二円のうち、各六三九万二三一〇円およびこれに対する不法行為の日である昭和四二年一一月一〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六、被告らの主張に対する反論

(一) 過失相殺の主張に対し

訴外杉浦は、昭和四二年一一月六日から同月一〇日まで四日間ぶつ通しに、豊橋―弘前間を往復するという長距離荷役運送に従事していたため、知覚が散漫となり、前記交差点の信号機の停止信号を無視して直進したために本件事故が発生したものであり、これが事故の唯一の原因である。訴外貞雄の自転車の前照燈は発電式であり、踏み出したばかりであつたため、あるいは十分の光度がなかつたかもしれないけれども、これをもつて過失ということは出来ない。

(二) 生存率を乗ずべきである、との主張に対し

現時点における五五才の生存者は大平洋戦争という異常な事態を経由しているので、これを基準として生存率を算出することは不当である。

(三) 停年後の生活費を控除すべきであるとの主張に対し

原告らは、訴外貞雄の生活費を収入の三分の一と定めるにあたつて停年後の生活費も含めているものであるから、さらにこれから停年後の生活費を控除する必要はない。

(被告ら)

一、請求原因に対する認否

原告ら主張一、二記載の事実を認める。同三記載の事実中(五)の事実を認めるが、その余の事実は否認する。同四記載の事実を認める。同五記載の原告らが合計一九万円を受領した事実を認める。なお、三の(一)については後記のとおり主張する。

二、過失相殺の主張

訴外杉浦は、被告車を運転し、前記交差点北側横断歩道南端より約三〇メートルの距離に至つたとき対面信号が赤であつたので、一たんスピードをゆるめたが、横断歩道北端より数メートル北方で対面信号が青に変つたので、時速約四〇キロメートルで交差点を通過しようとしたところ、訴外貞雄が無灯火の自転車に乗つて直前を横断しようとしていたため、急制動をかけ左に転把したが及ばず、訴外貞雄と衝突してしまつたのである。

訴外貞雄には赤信号少くとも黄信号のとき交差点に進入した重大な過失があつたから、損害額の算定にあたつては、これを斟酌すべきである。

三、逸失利益の算定に関する主張

(一) 原告ら主張の訴外貞雄の逸失利益は、同人が、本件事故にあわなければ、五五才まで生存したであろうことを前提とするものであるが、二六才の男子が五五才まで生存する確率は、厚生省簡易生命表第一一表により、男子二六才の生存者数をもつて五五才の生存者数を除する方法で算出すると0.8925であるから、逸失利益の総額にこの生存率を乗じなければ、訴外貞雄の逸失利益の算定について蓋然性が高いものとはなしがたい。

(二) 原告らは、訴外貞雄の逸失利益の算定にあたり、停年後の生活費を控除していないが、原告らの主張は、同人の平均余命が43.86年であることを前提とするものであるから、相続理論をとる以上、停年後平均余命時までの約一四年間の生活費(具体的には、年額二〇万円とし、年別復式ホフマン法によつて年五分の割合による中間利息を控除すると、次のとおり、九九万六三六〇円となる。)を控除すべきである。

20万円×(22.6105−17.6293)=99万6360円

(三) 消極的な財産的損害の賠償を求める構成としては、相続理論と扶養喪失理論とがあるが、本件の場合、相続理論をとると、

(イ) 原告らは、訴外貞雄の二六才から五五才迄の収益を相続したと主張するが、貞雄が仮りに生存して五五才に達したとき、原告六郎は八七才、原告静江は八二才となり、平均寿命はもとより、生存可能推定年数をも越えているのであつて、原告らが訴外貞雄の相続人となるということはありえないはずである。

(ロ) 相続理論においては平均余命まで生きるということが前提となつていて、それはあくまで統計に基づく蓋然性をもとにした擬制的仮説であるのに、生存率については何等判例上考慮されておらず前述の生存率を乗ぜなければならないのにこれを行わない。等の矛盾が生ずるので、扶養喪失理論による算出がより正しいものと解すべきである。相続理論をとるにしても生活費の控除は消費生活面での平均型としての総理府統計局編第一八回日本統計年間勤労者一世帯当りの平均支出あるいは全世帯についての一世帯当りの平均支出、あるいは中都市に於ける同様な支出を比較し少くともその最底の支出を基準とすべきである。

(四) 判例は、中間利息の控除につきホフマン式計算法を一般に採用しているが、現実には、債券を購入するなどの方法により、少くとも年七分の利息金をうけることは何等特別な知識を要しない。その場合、利息金が、期ごとの逸失額を上廻る結果ともなり、これでは一時金の支給の方が、生存していた場合より有利な結果となつてしまう。一般のサラリーマンが一〇〇〇万円も貯金が出来る筈はないのに事故だから多額な請求をするという感情が肯認されることとなる。

(五) 退職金は、現実に永年勤続したものに支給されるものであるから、逸失利益に含めるべきでない。

第三  証拠〈略〉

理由

一原告ら主張一、二の事実は当事者間に争いがない。

二そこで本件事故について訴外杉浦、訴外貞雄の過失の有無、程度について判断する。〈中略〉

三次に本件事故によつて蒙つた原告らの損害について判断する。

(一)  訴外貞雄の逸失利益 九一八万四二〇七円

〈証拠〉から、次の各事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  原告らの二男訴外貞雄は、世田谷工業高校卒業後、九州製缶に勘務し、その後同社が大和製缶株式会社に合併になつてからはそこに勘務していた。

2  大和製缶株式会社は資本金一〇億円程の会社で、同社東京工場は同訴外人のように比較的若い従業員で占められていた。同訴外人はその熱意と能力をかわれて標準のランクより一つ上のランクに査定され、将来を嘱望されていた。同訴外人は事故前一年間に高校卒男子の年間平均賃金より高い給与である六〇万九七四一円を得ていた。

3  大和製缶株式会社では就業規則に基づく賃金規定はなく、その昇給の率・方法は従業員には知らされていなかつた。しかし内部的には標準賃金表を作成し、それに従つた昇給を査定実施していた。標準賃金表については毎年ベースアップ分を折り込んで改定を行つている。

右事実によると、訴外貞雄の能力・会社の規模から言つて、将来、昇給あることは確実に推認しうる。しかしながら、将来、訴外貞雄が生存して勘務していたと仮定した場合、同訴外人の病気欠勤等の個人的事由、あるいは会社の営業成績、景気の変動等により、昇給の幅については当然変動が予測されるのであるから、業界の順調、発展期にある現在の給与体系をもつて、同訴外人のほぼ三〇年先までの毎年の昇給を確実に享受しうるものとはにわかに認めがたい。前掲甲第六号証、第四一号証に示された昇給はその意味で、訴外貞雄の昇給程度を知る一つの参考になるにすぎないというべきである。

そこで、訴外貞雄の二八才時(勤続八年目)と五五才の停年時(勤続三七年目)を比較すると、この間の昇給分は毎年ほぼ三万円の昇給があることおよび前記諸般の事情を考慮すると訴外貞雄の毎年の昇給は二万五〇〇〇円を下ることはないと認められる。

訴外貞雄の生活費は所得税等をも含めて、その収入の半分と認めるのが相当である。よつて訴外貞雄の逸失利益の現価を求めるため、年五分の中間利息を年別復式ホフマン方式に従つて算出すると、七六七万一九七八円になる。

(註)

退職金の額については高校卒業の勤続三〇年で、四〇〇万円である旨の証人大野重水の証言があるが、甲六号証によると右は年間給与の3.7倍にあたるので、少くとも訴外貞雄の場合にも五五才(勤続三七年)の停年時には同額以上の退職金を得られたと認められるので、これから現在一時に請求するためホフマン式計算方法に従つて年五分の中間利息を控除すると一七〇万二一二七円となり、

4000000×0.42553191=1702127円

これから原告らが自陳する勤続八年退職金一九万円を控除すると一五一万二一二七円となる。

よつて訴外貞雄の逸失利益は合計九一八万四二〇七円となり、成立に争いのない甲第一号証から原告らは訴外貞雄の父母であることが認められるので右訴外人の右損害賠償請求権を二分の一宛相続したことになる。

(二)  葬儀費用 各一〇万円

原告らが葬儀費用三八万七二二〇円を支出したことは、〈証拠〉から認められるが、そのうち本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに請求しうる額は各一〇万円と認めるのが相当である。

よつて以上の損害合計は各四六九万二一〇三円(円未満切捨て)となるとこと、前記過失割合を斟酌すると、そのうち原告らが被告に請求しうる額は各三七五万円と認められる。

(三)  慰藉料 各一二五万円

訴外貞雄の父母である原告らが同訴外人の死亡によつて蒙つた精神的苦痛を慰藉すべき額は、本件事故の態様等諸般の事情を考慮すると、各一二五万円と認めるのが相当である。

よつて損害合計は各五〇〇万円となるところ、これら当事者間に争いのない自賠責保険金の填補額各一五〇万円を控除すると各三五〇万円となる。

(四)  弁護士費用 各二五万円

原告らが本件訴訟進行を原告ら代理人に委任したことは記録上明らかであり、被告らの抗争の程度、前記認容額、証拠蒐集の難易等諸般の事情を考慮すると原告らに請求しうる相当因果関係のある損害費用としての弁護士費用は各二五万円が相当と認められる。

四逸失利益算定に関する当事者の法律上の主張に対する当裁判所の判断

(一)  いわゆるベースアップについて

不法行為による債務は、原則として不法行為による損害の発生と同時に遅滞に陥るのであり、人身死傷による不法行為においては、死傷の時点において一個の賠償請求権が発生するのであつて、いわゆる逸失利益による消極的損害も、将来得べかりし利益に関するとは言え、中間利息を控除して不法行為の時点における現在価格に換算してある場合には、他の現実的出捐による損害や慰藉料によつて填補されるべき精神的損害と並んで、右の一個の賠償請求権の目的となる損害の一部分を構成するに過ぎない。

そして、このような逸失利益の算定においては、不法行為の時点における現在価額に換算される以前の将来の収入額は、確実な予測の不可能な諸要因に影響されるこというまでもないが、確実な心証に基づくべき裁判上の認定としては、蓋然性の高い要因のみを取り上げ控え目に認定することとならざるを得ない。将来の昇給の如きも、当該企業の規模ないし当人の企業内職種等諸般の事情から相当の確かさを以て推定しうる場合にのみ算定要因として顧慮すべきものである。

しかしながら、いわゆるベースアップは、貨弊価値が下落し、給料の実質的購買力が低下するのを回復するための基準額の引上げであつて、名目的には昇給のように見えても、実質的には昇給と評価すべきものではない。従つて、逸失利益の現在価額算出に当り、将来の昇給を顧慮すべき場合でも、勤続により企業内序列を昇進することに伴う実質的な昇給を腹中に入れれば十分なのである。もし、そうでなく、将来のベースアップを算入して高額化した逸失利益を観念し、これを単に中間利息控除の操作のみによつて現在価額化するとすれば、その額は、当該の将来時点におけるほど貨弊価値が下落していない現在時点における購買力として利用される限り、不当な利得と言いうる部分を含むこととなろう。逸失利益賠償額がそのように利用されず、控除された期間に応じる生活費として漸次費消されてゆく場合には、必ずしも右のようには論じえないけれども、現在価額の算定による一時払いがそのような利用の可能性を前提とするものである以上、前記のような不当な利得を許すことは、加害者に対して公平な措置とは言えない。

かように考えるので、いわゆるベースアップについては、消極に解するほかない。

(二)  いわゆる生存率について

被害者の生存活動余命年数を認定せず、端的に将来の収入額としていかほどを期待しうるかを確率的に算出する方法をとれば格別、そうでなく、本件のように、まず生存活動余命年数を認定してその年限までの収入額を算定し、それが逸失利益となる、と発想する通常の方法に従う限り、その生存活動余命年数の認定において、生存率の観念を容れる可能性あることは、被告所論のとおりである。

しかしながら、死者の逸失利益の算定は生存を仮定した場合の将来の収入額の予測であるから、一定数値について確実な心証を以て認定することは困難である。言わば、生命(労働力全部)の喪失という損害の評価算定の一方法たるに過ぎぬ面があり、その限り、ある程度の蓋然性・合理性・合目的性ある計算方法で、満足するほかないのであつて、算定結果の精度が劣るからといつてある特定の計算方法以外の方法を当然排斥しうるものではない。本件における計算方法に生存率の点を顧慮しても、それは算定の精度の問題に過ぎぬのであつて、その精度は、計算過程のデーターを内輪に見ることによつても回復せられる程度のものである。従つて、被告主張は採用できない。

付言するに、本件のように、複式年別ホフマン式による中間利息控除をする場合には、生存率を顧慮するとしても、被告主張のように、被害者の死亡時の年令と生存活動年限とをいきなり比較してその生存率を乗ずることは誤まりであつて、以後の各年令ごとの生存率を顧慮すべきものである。この意味からも、被告主張は失当である。

(三)  停年後の生活費の控除について

当裁判所は、この控除につき消極に解する。けだし、死者の逸失利益の算定は、前記のように、失われた生命(労働力全部)の経済的価値の評価と見るべきものであつて、生活費保険は、生活費が労働力再生産のための必要経費として把握される種類の出捐なればこそ行われるのである。

ところが、停年後すなわちもはや逸失利益を考えることのできない時期における生活費は、右の意味での必要経費としての性格を有しないのであるから、失われた労働力を評価するため将来収入額を算定して現在価額に換算する場合、これを控除することは失当と言わなければならない。

(四)  相続理論と扶養喪失理論について

被告は、いわゆる相続理論における矛盾を指摘し、いわゆる扶養喪失理論によるべきであると論ずるのであるが、先に判示したとおり、逸失利益算定は生命喪失という損害の評価と見るべき面があり、この損害は、事の性質上、ある程度の蓋然性ある算定で満足せざるを得ないのであつて、ある特定の算定方法以外の方法による結論を排斥することはかえつて相当でないものがある。相続理論と扶養喪失理論とは、損害の把握と帰属の両面において理論構成を異にするが、いずれも右の意味において許された損害評定の一方法と見るべきである。相続理論は被害者が逸失利益損害賠償請求権を取得することを前提として、窮極の賠償請求権者を相続人の範囲によつて確定する反面、その相続人が被害者の逸失利益損害賠償請求権を相続する、と構成するのであつて、被害者からの扶養を喪失するのが損害であると観念するのではない。被告が被害者の余命と父母の余命との差を云々するのは、この点を見誤つて、相続理論に扶養喪失に基づく損害観を持ち込んだものであつて、相続理論自体に被告の主張するような矛盾があるわけではない。

被告はまた、相続理論においては平均余命までの生存が前提とされており、従つて生存率を顧慮するを要すると主張するが、これに対しては、先に判示したところで足りると考える。

なお、相続理論をとる場合の生活費控除の額につき種々主張しているが、これについても、ある一定額のみが正しいと見る必要のないこと先に判示したとおりである。

(五)  ホフマン式計算法における矛盾について

ホフマン式計算法によつて得られた現在価額を年七分で運用した場合、元本の生み出す利息金が当初観念された期ごとの逸失額を上廻る結果もありうることは、被告所論のとおりあるけれども、それは、ホフマン式計算法が単利利息の中間控除による現在額算出法である以上、その結果得られた額を複利で運用するだけでも生じる現象であつて、まして、年五分で中間利息を計算したものを年七分で運用するなら、なおさらのことである。

しかし、度々判示して来たように、将来の逸失利益を現在価額に換算するのは、人身事故による損害評価の一環に過ぎないのであるから、算数法則上右のような現象が生じるからといつて、ホフマン式による算定方法自体を(もつと妥当な方法があるかどうかは別論として)直ちに違法視することはできない。

(六)  退職金について

先に昇給について判示したと同様に、証拠に基づいて相当の確かさを以て推定できる場合には、これを逸失利益算定上顧慮して差支えないと考える。

(七)  右各段判示のとおりであるから、前三節判示のように、逸失利益を算定した次第である。

五よつて原告らの本訴請求のうち、被告らに対して連帯して各三七五万円およびこれに対する本件不法行為の日である昭和四二年一一月一〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるので認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(倉田卓次 小長光馨一 佐々木一彦)

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